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文法-時制とアスペクト



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  2. 時制について
     現代中国語同様に、漢文には時制がありません。現在でも過去でも未来でも動詞はまるきり語形変化がありません。「そんなの不便じゃないか」というのはヨーロッパの言語になれた人の発想です。時を表す情報は動詞の語形でなくても他の言葉でいくらでもわかります。たとえば
    古之學者爲己、今之學者爲人
    gǔ zhī xué zhě wèi jǐ, jīn zhī xué zhě wèi rén.
    古の學者は己の爲にし、今の學者は人の爲にす
    [訳]昔の学者は自分のために勉強したものだが、今の学者は人に知られるために勉強している。
    などとあれば、「古」「今」という語のおかげで前の「爲」が過去で、後の「爲」が現在であることが明らかです。仮にそういう語がなかったとしても、文脈を見ればだいたい解決するものです。不便というならば、むしろ、時によって動詞の語形を変化させねばならないヨーロッパの言語のほうが不便といいうるかもしれません。
     原文の動詞に時制を表す語形変化がない以上、訓読でも動詞には原則として時制を表す語をつけたりする必要はありません。現に上の文章の訓読は



  3. 文末に用いる疑問助詞
    1.有一言而可以終身行之者乎 yǒu yì yán ér kěyǐ zhōngshēn xíng zhī zhě hū
     一言にして以て終身之を行ふべき者有りや
     [訳]一生実行していけるようなたった一言の言葉というのはありますか
    2.以臣弑君、可謂仁乎 yǐ chén shì jūn, kě wèi rén hū
     臣を以て君を弑[しい]す、仁と謂[い]ふべけんや
     [訳]臣下でありながら君主を殺すのは仁といえましょうか
    3.觀百獸之見我敢不走乎 guān bǎishòu zhī jiàn wǒ ér gǎn bù zǒu hū
     百獸の我を見て敢て走らざらんやを觀よ
     [訳]獣が私を見ると必ず逃げていくという様子をご覧なさい。
    4.其恕乎 qí shù hū 其[そ]れ恕[じよ]か
     [訳]それは恕(=思いやり)だろうな。
    5.誰加衣者 shuí jiā yī zhě 誰[たれ]か衣を加ふる者ぞ
     [訳]誰が衣をかけたのか

     疑問文の作り方は、文末に「乎 hū」などの助字をつけるというものです。語順の倒置など余計なことは一切せず、そのまま文末に「乎」などを接続させるだけです(1)。
     「乎」以外に用いられる疑問文用の助字には以下のようなものがあります。
    邪 yé・耶 yé
    也 yě
    與 yú・歟 yú
    哉 zāi
     上述のように疑問文はそのままの形で反語文にもなるので、文脈から判断して疑問の意味が単に修辞的なものであるなら反語文として解釈します。高校などでは反語文は「~だろうか、いや~ない」と訳すよう指導されたかもしれませんが、現実にはこれではくどすぎるので直訳的に「~だろうか」だけ(2)、あるいは意訳的に「~ない」だけにするのがふさわしい場面(3)もあります。
     また疑問文は詠嘆としても用いられます。詠嘆は「~なことだ」というわけですから、反語とはまるきり反対の意味になります。現代日本語でも「こんな南国に雪が降るのか」という文は、文末を上げて読めば疑問文に、さらには状況によっては「降るはずがない」という反語になるでしょうし、また文末を下げて読めば詠嘆文になるでしょう。このように疑問文が反語にも詠嘆にもなるというのは多くの言語に見られる傾向であり、漢文も例外ではないということです。
     上記の4は1の質問の答えになります。疑問の答えの中で「乎」を用いているので単なる疑問ではありえません。「恕かな?」「恕かもしれないね」という、はっきりした断定を保留する弱い疑問の言い方です。人によってはこういう用法も詠嘆に含む場合があります。
     「者」が疑問の助字として使われることがあります。具体的には「誰~者」で「誰が~か」という疑問(ないし反語)を表すのです(5)。この場合「誰」のところで「人」という意味が入っているのですから、「者」には「~する人」などの意味がありません。それでも訓読では伝統的に「~者ぞ」と読んでいますが、このような事情をふまえ、最近では「者」をまるで「乎」であるかのように「や・か」と読む流儀も増えました。上例5では「誰か衣を加ふる」と読むわけです。

     訓読ではこれらの文字を「や」「か」「かな」と読みます。このうち「かな」は詠嘆文のときの読み方です。
     「や」「か」の使い分けはなかなかやっかいですが、問いかけの度合いが強いものが「や」、問いかけの度合いが弱く詠嘆に近いものが「か」、というのが本来の区別です。上記1と4の問答で、1を「や」、4を「か」と読んでいるのはそのためです。
     反語はおおむね「や」になります。反語は疑問じゃないんだから問いかけの度合いが弱いじゃないかというかもしれませんが逆です。「どうして~だろうか」「いったい~のはずがあろうか」というふうにあまりに疑念の度が強いので「いや~であるはずがない」のように否定へとひっくり返るのです。
     なお、「か」は連体形に接続します。「や」は上の形に影響を及ぼしません。上の1では終止形に接続していますが、もし係り結びがあって連体形になっているならそちらが優先します。
     反語文の場合は推量の助動詞「ん」を用います。この点に関しては下の疑問文・反語文の訓読法2 文末の読み方を参照してください。