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井上WEB支那語辞典・原著序言例言
※原著の序言および例言をそのまま掲載し、青蛙亭主人の口語訳を付した。
- 序言
予前ニ井上支那語辭典ヲ發表セシガ謬テ各位ノ推許ヲ蒙リ版テ重ヌルコト數次、尋デ縮册版ヲ出スニ至リタルハ感激ニ堪ヘザルナリ、而モ此書ハ支那語學習者ノ爲ニ燃眉ノ急ニ應ズルニ切ニシテ他ヲ顧ミルニ遑ナク、從テ不備ノ點亦タ尠カラズ心中竊カニ慚塊ヲ感ジタリ。今回改訂增補ヲ加へ更二語毎二發音四聲ヲ附シ袖珍型卜シテ新ニ世ニ出スコトトセリ。本書ハ前者ニ比スレパ稍我意ヲ得タルガ如クナルモ或ハ魯魚ノ誤譯語ノ未熟アルヲ保シ難シ。尚ホ完全ヲ後日ニ期シ益努力精進セント欲ス。幸ニ叱正ヲ吝ム勿ランコトヲ乞フ。
昭和十年三月 井上翠識
私が以前に『井上支那語辞典』を発表したところ、予想外に各位の推薦をいただき、何度も版を重ねることとなり、さらに縮刷版を出すことができたのは感激に堪えない。しかしながら『井上支那語辞典』は支那語学習者のために適切な辞書がなかったため急遽作ったもので、あれこれ配慮する余裕がなく、その結果少なからず不備な点があったことを残念に思っていた。今回改訂増補を加えただけでなく、単語ごとに発音と四声を表記し、ポケット版として新しく世に出すこととした。本書は前著にくらべればより満足のいくものとなっているが、誤植や未熟な訳があるかもしれない。より完全なものを後日に作ることとしていっそう精進したいので、大いにご批判を賜りたいと思う。
- 井上支那語辭典序言
支那ハ四千年來文物燦然タル古國ナリ。特ニ言語ハ孔門四科ノ一ニ居リ洗煉ニ洗煉ヲ經テ今日ニ至レり。故ニ現代語中ニモ多數ノ古語典故ヲ存シ普通談笑ノ間ニ使用セラルルハ他ノ國ノ國語ニハ其類ヲ見ザル所ナリ。然ルニ我邦ノ支那語學者ハ多クハ現代語ノ範圍ニ跼蹐シ漢學者ハマタ古文ノ壘ヲ株守シ兩者ノ問ニ一道ノ溝渠ヲ劃シ疏通ヲ缺キタリ。從テ辭書ノ如キモ漢語ノ方面ニハ古來良著無キニ非ルニ現代語ノ方面ニ於テハ徒ニ西洋人ノ後塵ヲ拜スルハ我ガ學界ノ爲ノ遺憾トスル所ナリ。予ハ此ニ鑑ミル所アリ夙ニ漢語現代語ヲ網羅セル支那語辭書ノ編纂ヲ志シ、苟モ見聞セル者ハ直ニ之ヲ記録シ專ラ語彙ノ蒐集ニ努力スルコト二十數年ニ及ベリ。是等ノ材料ヲ基礎トナシ更ニ東西古今ノ辭書ヲ參考シ十七卷六干餘頁ノ原稿ヲ得タリ。之ヲ自家筺底ニ藏シ未ダ世ニ問フニ及バザリキ。大正十一年春大阪ニ出デ大阪外國語學校ニ從事スルニ至リ、學生ガ支那語ヲ學習スルニ參考スベキ適當ノ辭書無キヲ憾ミトシ、之ヲ文求堂田中慶太郎氏ニ謀リ予ノ原稿中ヨリ主トシテ現代語及ビ卑近ナル文語ヲ拔萃シテ先ヅ本書ヲ出版シ以テ燃眉ノ急ニ應ズルコトトセリ。卽チ昭和二年二月ヨリ印刷ニ着手シ茲ニ漸ク完成ヲ見ルニ至レリ。然レドモコハ予ガ蒐メタル原稿ノ一半ニ過ギザルノミ。予ガ當初ノ素志ヲ貫徹センニハ更ニ一番ノ努力ヲ要スルハ言ヲ俟タザルナリ。予ガ此書ノ編纂ニ從事スルヤスベテ公務ノ餘暇ヲ利用シ他人ノ援助ヲ藉ラズ、其原稿ノ淨書ヨリ校正ノ役ニ至ルマデ自ラ之ニ當レリ。コレ亦タ已ムラ得ザルニ出デタリ。
惟フニ辭書ノ編纂ノ如キハ多數ノ學者ガ思ヲ潛メ力ヲ協セテ始ノテ能ク完成スベキ事業ナリ。予自ラ揣ラズ獨力之レニ當ル。潔ク耳目周ナラズ思慮至ラザル所アリ誤ヲ世ニ貽サンコトヲ懼ル。切ニ大方ノ叱正ヲ俟チ漸ヲ逐ウテ改善センコトヲ期ス。本書聊カ支那語學習者ノ參考ニ資スルヲ得バ予ノ滿足スル所ナリ。
昭和三年七月 井上翆識
支那は四千年以上の文化の歴史の輝かしい国である。特に言語は孔子門下の四つの科目(徳行・言語・政事・文学)の一つとされ、洗練に洗練を加えられて今日に至っている。だから現代語の中にも多数の古語や典故ある語が入っており、普通の会話にも使用されているという点は、他国の言語には例が見られないほどである。
しかし日本の支那語学者の多くは現代語の範囲しか研究しないし、漢学者もやはり古文の範囲を守るばかりで、両者の間には一つの溝ができて疎通がない。だから辞書に関しても漢文については昔から名著があるのに、現代語に関しては西洋人の作ったものを使用するしかなかったというのは、日本の学界の遺憾な点である。
私はこういう点で思うところがあって、古語も現代語も網羅した支那語辞典の編纂を志し、見聞した語はすべて直ちに記録して語彙の収集に二十数年努力してきた。これらの素材を基礎に、さらに東西古今の辞書を参考にして、十七巻、六干ページあまりの原稿を作った。
これを手元において発表せずにいたが、大正十一年春、大阪に出て大阪外国語学校に勤めると、学生が支那語を勉強するのに役に立つよい辞書がないことを残念に思い、文求堂の田中慶太郎氏に相談して、私の原稿の中から主として現代語およびよく使う文語を抜粋してまず本書を出版し、当座の用に応ずることとした。昭和二年二月から印刷に着手してやっと完成を見るに至った。
しかしこれは私が集めた原稿の半分でしかない。私の当初の志を貫徹するためにはさらにいっそうの努力が必要なのは言うまでもない。
私が本書の編纂に従事してからはすべて公務のあいまを利用し、他人の助けを借りず、原稿の清書から校正まで自分でやった。これはまたやむをえない事情であった。
思うに、辞書の編纂というのは多数の学者が心をあわせて協力してはじめて完成できる事業である。しかし私はそれをせず独力でやった。観察が完全でなく思慮が至らぬところがあって間違いを世に残すことになったのではないかと思っている。どうか大方の批判を待ち、だんだんと改善していこうと思っている。
本書が少しでも支那語学習者の役に立つならば私の満足するところである。
- 例言
※各条のあとに( )囲みで口語訳を付した。
1.本書ハ井上支那語辭典ニ訂正増補ヲ加へ更ニ各語ニ發音四聲ヲ附シタルモノナリ
2.本書收ムル所ノ語彙ハ主トシテ北京語ヲ採擇シタリ又タ時文研究ニ便ズルタメ卑近ナル文語ヲモ加ヘタリ
3.本書ノ編次ハあるふあべっと順ニ從ヒ更ニ四聲ノ順序ヲ逐ヒテ各字ヲ排列シ熟語ハ字數ノ少キモノヲ先ニシ字劃ノ多少ニヨリテ順次ヲ定メタリ
4.發音ハとーますうえーど式ヲ採用シ尚ホ參考トシテ假名式注音符號及ビ支那式羅馬字綴ヲモ附シタリ
5.淸朝時代ノ制度又ハ舊習ニ關スル語モ説明ヲ加へタり
6.卷末ニ支那電報日付一覽表ヲ掲ゲ電報ノ日付ヲ知ルニ便セリ
1.本書は『井上支那語辞典』に訂正増補を加え、さらに各語に発音と声調を表記したものである
2.本書に収録した語彙は主として北京語を採択した。また文語語彙が多用されている現代の文章の研究に便利なように、身近に使われている文語をも加えた
3.親字の順序はアルファベット順として、四声の順序に従って親字を排列し、熟語は字数の少ないものを先にし、画数順の順序で排列した
4.発音はウェード式ローマ字を採用し、参考として注音符号と国語ローマ字をつけた
5.清朝時代の制度または旧習に関する語も説明を加えた
6.卷末に支那電報日付一覧表を掲げ電報の日付を知るのに役立てた→次項
- 電報日付一覽表
日\韻 | 上平 | 下平 | 上聲 | 去聲 | 入聲 |
1 | 東 | 先 | 董 | 送 | 屋 |
2 | 冬 | 蕭 | 腫 | 宋 | 沃 |
3 | 江 | 肴 | 講 | 絳 | 覺 |
4 | 支 | 豪 | 紙 | 寘 | 質 |
5 | 微 | 歌 | 尾 | 未 | 物 |
6 | 魚 | 麻 | 語 | 御 | 月 |
7 | 虞 | 陽 | 麌 | 遇 | 曷 |
8 | 齊 | 庚 | 薺 | 霽 | 黠 |
9 | 佳 | 青 | 蟹 | 泰 | 屑 |
10 | 灰 | 蒸 | 賄 | 卦 | 藥 |
11 | 眞 | 尤 | 軫 | 隊 | 陌 |
12 | 文 | 侵 | 吻 | 震 | 錫 |
13 | 元 | 覃 | 阮 | 問 | 職 |
14 | 寒 | 鹽 | 旱 | 願 | 緝 |
15 | 刪 | 咸 | 潸 | 翰 | 合 |
16 | | | 銑 | 諫 | 葉 |
17 | | | 篠 | 霰 | 洽 |
18 | | | 巧 | 嘯 | |
19 | | | 皓 | 效 | |
20 | | | 哿 | 號 | |
21 | | | 馬 | 箇 | |
22 | | | 養 | 禡 | |
23 | | | 梗 | 漾 | |
24 | | | 迥 | 敬 | |
25 | | | 有 | 徑 | |
26 | | | 寢 | 宥 | |
27 | | | 感 | 沁 | |
28 | | | 儉 | 勘 | |
29 | | | 豏 | 艶 | |
30 | | | | 陷 | |
電文ハ其署名ノ下ニ詩ノ韻字一字ヲ加ヘ之ヲ以テ日付ヲ表ハス。譬ヘバ東ノ字ハ上平一東ノ韻ナレバ一日ヲ示シ、咸ノ字ハ下平十五咸ノ韻ナレバ十五日ヲ示シ、陷ノ字ハ去聲三十陷ノ韻ナレバ三十日ヲ示スノ類ナリ。唯三十一日ハ代表スベキ韻字無キニヨリ世又ハ引ノ字ヲ以テ代用ス。月ヲ表ハスニハ子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥ノ十二支ヲ用フ
電文はその署名の下に詩の韻字一字を加えて日付を表す。たとえば東の字の上平一東の韻なので一日を示し、咸の字は下平十五咸の韻なので十五日を示し、陷の字は去声三十陷の韻なので三十日を示すという具合である。ただし三十一日は代表すべき韻字がないので“世”または“引”の字で代用する。月を表すには子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥の十二支を用いる。