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製品レビュー:今昔文字鏡単漢字15万字版

Since 2007/7/22 Last Updated



  1. 製品概要
     「今昔文字鏡」とは、コンピュータ上で多様な漢字を利用するためのシステム。漢字のみならず甲骨文字、西夏文字、変体仮名、梵字など多様な文字が収録されている。
     「今昔文字鏡」の開発経緯は「『今昔文字鏡』開発の歴史」(文字鏡研究会)のサイトに書かれている通り複雑である。青蛙亭主人もいまいち理解しかねているところがあるが、とりあえず現在、Windows上で使用できるシステムとしては、文字鏡研究会から出ているフリー版と、紀伊國屋書店が販売している今昔文字鏡(製品版)とがあることを確認しておく。ただし両者はみやげ物屋の「本家」「元祖」のように対立しているわけではなく、お互い補完するような関係になっている。
    • フリー版と製品版のほかに、フォントの商用利用ライセンスを含んだいわばプロ版の『インデックスフォント』という版があるが、ここでは割愛する。
    • 後述するように製品版にはフリー版にない機能があるのだが、その一方でコードやフォントはフリー版に準拠している。文字鏡研究会は随時新しい字の登録を行っているが、製品版はこまめにバージョンアップしているわけではないので、製品版を買った人も時々フリー版フォントをダウンロード、インストールしたほうがよいらしい。「お互い補完」というのはそういうことである。
    • 製品版はWindowsでしか動作しないので、Macではフリー版を使うしかない。
    • 多くの漢字が扱えるシステムとしては『超漢字』があり、当初は今昔文字鏡とかかわりを持っていたので今でも今昔文字鏡と混同されることがあるが、現在では袂を分かっており、本レビューでは論じない。なお、『超漢字』はそもそもWindowsとは異なる独自OSであるが、Windowsアプリケーションの一つとして動作する『超漢字V』というバージョンもある。
     どちらもそれぞれバージョンアップを重ねているが、製品版のほうはここ数年「V2.0(単漢字8万字TTF版)」→「単漢字10万字版」→「単漢字15万字版」とバージョンアップしている。タイトルだけみると単に収録字数が増えただけのようだが、そのつど検索プログラムが改良されているのも特徴である。

     今昔文字鏡がどうやって10万字以上もの膨大な字を扱っているか。それを説明する前に、回り道になるが、日本語Windows上で中国語や韓国語を扱う方法に関する昔話をしてみたい。
     Windows XPになって、中国語や韓国語のフォントは最初からインストールされた状態だしIMEも簡単なおまじないで使えるようになるので、最近の若い人は日本語環境で中国語や韓国語を扱う苦労を知らないだろうが、一昔前までは本当に大変だった。Windows 3.1や95時代はUnicodeが一般的ではなく、英数字とJIS第一・第二水準+αの字を扱うだけで手一杯、中国語や韓国語を扱う余裕は当時のコード体系には存在しなかった。
     しかしそのころからいろいろな工夫をして中国語や韓国語を扱うためのユーティリティソフトはあった。工夫の仕方はいろいろだったが、Windows3.1/95時代に一般的だったのは、JIS第一・第二水準漢字と同じ領域のコードを用いて中国語や韓国語を表現するものであった。コンピュータの側からすれば単なる日本語のコードなのだが、フォントを指定することによって、人間の目に中国語や韓国語に見せかけたのだ。だから日本語と混在させるためには「ここからここまでは中国語」というふうにフォントの管理をしっかりしなければならない。当然ながら1文字単位でフォントを切り替えられるようなアプリケーションでなければ日本語と混在させることができないし、何らかの操作ミスでフォントの指定が消えてしまうとあっという間にただの日本語漢字列に文字化けしてしまうというものであった。
     「そんな昔話のどこが今昔文字鏡と関係あるんだ?」と思うかもしれないが、実は関係大ありである。今昔文字鏡で10万字だの15万字だのと膨大な漢字を扱う方法は、まさにこの、「フォントを指定して人間の目をごまかす」方法なのだ。今昔文字鏡をインストールすると、最低でも33個ものフォントをインストールさせられる。これら33個のフォントをとっかえひっかえ指定することにより、限られたコード領域内で膨大な種類の漢字を扱おうというわけである。
     これだけの字数になるとIMEによってキーボードから入力するのはムリであり、検索プログラムによって探し出して、それをコピーしてアプリケーションに貼り付けるという入力法をしなければならない。また文字コードのみならずフォントの管理も必要になる。33種類ものフォントのうちのどれを使うのかを正しく指定しないと文字化けしてしまうからだ。
     このように今昔文字鏡のシステムは、フォントと検索プログラムの2本の柱で構成されているわけである。

     上で述べたように、今昔文字鏡にはフリー版と製品版とがあるが、フォントに関してはフリー版と製品版に大きな違いはない。製品版には篆書体フォントなどいくつか独自のフォントがついているという程度である。大きな違いは検索プログラムの違いである。
     「フリー版と製品版にたいした違いがないのなら、わざわざ29400円も出して製品版を買う必要はないや」と思うかもしれない。しかし、製品版の検索プログラムは「文字部品による検索」という非常に強力な検索法を備えており、一度これを使うと、これなしでは難しい漢字の入力をする気がなくなってしまうほどである。また、表示される文字の情報が簡易漢和辞典といえるほどに非常に豊富である。それでも29400円は高いかもしれないが、青蛙亭主人は十分に元がとれると考える。
     そこで本レビューでは、製品版の検索プログラムの機能を中心に紹介する。



  2. 動作環境
     製品に記された動作環境は以下のとおり。
    • OS:Windows® XP,2000 Professional(Service Pack 4以上)(日本語版)
    • CPU:Pentium® Ⅲ または4クラス以上
    • メモリ:256MB以上
    • ディスプレイ:XGA(1,024×768)以上の解像度、15bit(32,000色)以上のカラー表示が可能なディスプレイ
    • デバイス:CD-ROMドライブ
     Windows2000/XPというのは実際にその通りで、98/Meではインストーラが停止してしまいインストールできない。また検索プログラムは日本語版Windowsでないと動作しない。フリー版の検索プログラムおよびフォントは他国語Windowsでも使用可である。



  3. 文字の検索
     上に述べたように製品版今昔文字鏡のキモは検索プログラムなので、以下は検索プログラムの特徴について述べる。
     アジアの言語などローマ字以外の文字を用いる言語を入力するには、キーボードの配列をその言語用に定義して入力したり、ローマ字やコード番号などを入力してその言語の文字に変換するIMEを用いるのが一般的である。しかし今昔文字鏡のように膨大な種類の漢字を扱うシステムではそういうやり方は得策ではなく、さまざまな条件でお目当ての文字を検索し、それをクリップボードにしコピーする、検索プログラムという形のユーティリティを使わねばならない。クリップボードにコピーした後に他のアプリケーションに貼り付けるわけである。
     検索プログラムはさまざまな条件で検索できることが望ましいのは言うまでもない。
     またクリップボードにコピーするのも、単に文字コードだけではダメである。今昔文字鏡では同一の文字コードに複数の字を定義しておりフォント指定で切り替えているのだから、フォントと文字コードを両方コピーできるような形でなければならない。
     このあたり、製品版の検索プログラムはどうなっているのだろうか。まずは検索機能について、次の項では出力機能について説明する。
    • 検索キーの種類……次のキーによって検索できる。
      • 日本語の読み……音でも訓でも検索できる。マニュアルやヘルプではひらがなとなっているがカタカナでもかまわない。音だからカタカナ、訓だからひらがなといった区別はなく、どちらで入れても音も訓も検索できる。明示的に訓のみで検索するには「$かく」などのように$をつける。
        明示的に音のみで検索することはできない。もちろん何も記号をつけずに読みを入れれば音訓とりまぜて検索できるとはいえ、今昔文字鏡のように膨大な種類の字数があると、検索結果も膨大になることがある。少しでも候補を絞り込めるよう、明示的に音で検索できればよかった。
        また、他の条件で検索する際に日本語の読みで絞り込むなど、絞り込みのオプションキーとしても用いることができる。たとえば後述の部品検索で該当する候補が膨大になってしまったとき、もし読みがわかっているのならそれで絞り込むことができるのである。
      • 画数……直接数字で画数を指定するほか、絞り込みのオプションキーとしても用いることができる。その際は10画プラスマイナス1画というふうに、幅を持たせて検索することができる。これは便利なようであるが、10画または11画という指定をしたいこともけっこうあり、それができないのはやや不満。
      • JIS漢字……要するに日本語IMEを用いて直接入力して検索するということ。なぜJISと書いてあるかというと、この検索プログラムがUnicodeに対応しておらず、無理やり他の言語のIMEを用いるなどしてJISにない文字を入力してもすべて?に変換されて検索できないのである。Windows 2000/XPでは従来IEとMicrosoft Officeでしか使えなかった他言語IMEがすべてのアプリケーションで使えるようになったのだから、ぜひUnicode対応してほしい。
      • 英単語……いくつかの文字には意味の英語訳が登録されており、それで検索することができる。どこかの漢英字典を参照しているのかもしれないがソースは不明である。
      • 朝鮮語音・中国語音……今昔文字鏡では韓音、中国音といっているが、それで検索することができる。入力はローマ字。中国語音は文字情報のところにはjia3ngのように声調の数字が途中に入る形で書かれているが、検索のときは/jiang3でもかまわない(ローマ字の前に/をつけるのに注意)。
      • コード……JIS、UCS(Unicode)、文字鏡番号などで検索できる。
      • 文字部品……製品版検索プログラムの最大の特長がこの文字部品による検索である。たとえば「索」を探すのに、「糸」+「十」+「冖」というふうに文字を構成する部品を指定し、それらの部品を含む文字を検索するというものである。部品の順序は筆順に従う必要はないし、今の例で「冖」を指定するのがわずらわしいというのなら、「糸」+「十」というふうに部品の一部だけでもかまわない(もっともそのぶん検索結果が膨大になるが)。
         また部品を指定するときに「×字の一部分」というふうに指定したいことがある。たとえば「冖」をIMEで入力するのは大変なので、「塚」をまず呼び出して、「この字の右上のところ」というふうに指定するわけである。これを実現するために文字を解字する機能がある。すべての文字は一画単位に到るまで部品に分解することができるので、「塚」を部品に解字して「冖」を選べるわけである。このあたりは文字で説明するとわかりにくいのでとりあえず製品版サイトの「使い方ガイド」を見てもらいたい。
      • 一覧表……字の一覧表を表示して入力する。西夏文字など特殊文字はこの形でしか入力できない。漢字の場合は部首別の表になる。
         ここで不満なのは、漢字の部首別の表が日本語名称のみということである。たとえば「革部」の表を出したいときは、「革」の日本語部首名が「つくりがわ」であることを知らなければならないのである。部首名なんて小学校のときに習ったきりでうろ覚えの人も多いだろうし、けっこう地域や世代によるバリエーションがあるものである。知らない場合には「革」そのものを呼び出して文字情報画面を見ると部首の日本語名が書いてあるのでそれを参照すればいいのだが、こんなことをいちいちやるのは面倒くさい。フリー版の検索プログラムや昔の「v2.0(単漢字8万字TTF版)」では部首の一覧が文字として表示されてそこから選ぶことができたのだ。そのほうがはるかに便利である。
    • 検索結果の絞込み……検索結果は別ウインドウにずらずら表示されるのだが、そのウインドウの上のほうに、「表示順」というプルダウンメニューがある。これは実は絞込み条件指定もかねている。つまり、このプルダウンメニューで「総画数」を選ぶと、その左のプルダウンメニューが画数の絞込みメニューになるのだ。このほかに「部首」「属性」なども絞込みメニューとして用意されている。
       この機能を使えば、「部首+画数」という一般的漢和辞典の検索の仕方をすることが可能である。たとえば一覧表で部首全体の表を出しておいて、総画数で絞り込めばいいのである。もっともここでいう画数とは総画数であり、部首内画数でないことに注意しなければならないのだが。



  4. クリップボードへのコピー
     クリップボードにコピーする形式は、リッチテキスト(フォント名など文字属性情報つきのテキスト)のほか、単なるテキスト、Unicodeテキストなども選べるので、JISやUnicodeの漢字入力に便利である。たとえば通常のエディタではフォントを文字単位で変更できないので今昔文字鏡の膨大な字は使えないが、それでもエディタで文を書いているときに「乎」などのような、JISにあるのだがIMEで出しにくい文字を入力したいことがある。こういうときに今昔文字鏡の検索プログラムで「呼」を呼び出し、解字して右半分を入力すると早い。
     このほか、文字の形をビットマップにコピーすることもできたり、文字鏡文字のGIF画像が納められた文字鏡ネットのサーバーへのURLの形でコピーしたりするなど、多様な用途にあわせてコピーできるようになっている。
     ところで、ビットマップのコピーをするときにいろいろなドット数を選べるようになったのはいいのだが、TrueTypeフォントを機械的にそのドット数に変換しているため非常に汚い。昔の「v2.0(単漢字8万字TTF版)」では24ドットしかダメだったが、すでに人間が手作業でデザインしたものを用いていたので非常にきれいであった。この部分は改悪である。



  5. 文字情報画面
     文字に関する情報は非常に充実しており、音や訓のほか、大漢和辞典収録字は巻数やページ数も出てくるので、青蛙亭主人は大漢和辞典の索引の代用に使っている。また大徐本(一篆一行本)説文解字の説解を載せたりするなどマニアックな点もある。さらにこれをコピーすることもできる。そんなの当然だと思うかもしれないが、昔の「v2.0(単漢字8万字TTF版)」ではこれができなかったのだから進歩である。
     ただしこれは漢字に関してのみ。梵字や字喃など特殊文字に関しては情報が出てこないので、たとえばそれぞれの梵字がどういう発音をするのかがわからない。
     そんな特殊文字の情報まで詳しく載せろというのは酷だ、というかもしれないが、少なくとも梵字に関しては発音を示すべきだった。というのは、単漢字15万字版からは梵字の発音による検索ができるようになったのである。ということはそれぞれの字の発音情報を内部に持っているということである。それなのにそれを示さないというのは怠慢、不親切というしかない。



  6. 改悪された面
     単漢字15万字版の検索プログラムは以前のものに比べて文字に関する情報は非常に充実しており、旧版から見ると格段の進歩を感じさせる。
     しかしv2.0(単漢字8万字TTF版)に比べて改悪されたと思われる点も多々ある。すでに書いたものもあるが以下列挙しよう。なお、v2.0(単漢字8万字TTF版)と単漢字15万字版の間には単漢字10万字版というものもあるが、青蛙亭主人は買いそびれてしまったので、ここではふれない。以下ことわりない限り「旧版」とはv2.0(単漢字8万字TTF版)のことを、「新版」とは単漢字15万字版をさす。
    • 動作が遅い……スペックの低いマシンで動かすとイライラする。旧版はサクサク動いたので適宜併用するとよい。
    • 文字情報画面と関連字画面が別……旧版では文字情報画面と関連字画面が同一だったので、この字にはこういう簡体字や異体字があるのだということがすぐわかったが、新版は別になってしまったのでいちいち画面を切り替えねばならない。関連字の中には微妙に違う字があるので、検索した字よりももっと適当な関連字がある場合がある。旧版では文字情報を見ながら「あっ、この字よりもっと適当な字が他にあるんだ」ということがすぐわかって便利だったが、新版では見落としが多発する。
    • ビットマップコピーが汚い……上で述べたとおり。
    • 日本語部首名を知らないと部首検索ができない……上で述べたとおり。
     幸いなことに旧版は共存することが可能である。もしこれらの改悪点をガマンできないようであれば、旧版ユーザは旧版を削除しない(削除してしまったらインストールしなおす)とよい。



  7. 総合評価
     いろいろ不満点もあるが、漢字とつきあっていくのに欠かせないツールとして、簡易漢字字典としてとても便利である。、29800円はややお高いが、その価格に見合う内容をもったツールである。